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2009年の5月2日の思い出。 清志郎さんの訃報を聞いたのは国立地球屋のバーカウンターだった。 ちょうどこの日は地球屋でrainmanのワンマンだった。 2時間ちょっと唄いきって、達成感と高揚感で最高の気持ちが、がくっと叩きつけられたのを覚えてる。 そしてもう一つ覚えてるのは、その時ケータイがなったのだ。 出てみたら相手はパーさんだった。 で、「大丈夫か?」とか言われた(笑) 自分の方が俺なんかよりもっとショックだろうに(笑) ちょっとその電話で救われた気持ちになったな。 たぶんパーさん本人は電話したことすら覚えてないと思うけど(笑) 清志郎さんが生きてたら震災後の日本をどう歌うんだろうね?なんてことをたまに話す人もいるけど、まぁ俺もそのことに興味が無いわけじゃないが、でも、そんなのわかるわけないし、彼ならきっとこう言うだろう!とか、彼は未来を予言してた!とか、イデオロギー的な何かに無理やりくっつける解釈はあまり好感をもてないんだよな。死んだ本人がなにも言えないのをいいことに、って思っちゃう。 だっていつでもあの人は、みんなが想像できない切り口で掴みどころのない言葉遊びでニヤっとさせるような期待の裏切り方をしてきたから。 俺ならどう唄うだろう。 ってことで、いまも唄ってます。 PS 各地で命日の催しがあるかもしれませんが、神田THE SHOJIMARUでも今日は清志郎ナイトらしいよ。参加自由でドラムはパーさんが叩くって。時間がある方は是非パーさんのタイコを体感して高らかにボスの歌を歌ってください。 最後に、ちょうどこの日の、訃報を知る少し前の、2009年の5月2日のライブの動画があったんで載せておきます(笑) https://youtu.be/vUcpzD4UOHo #清志郎 #清志郎命日 #忌野清志郎 #国立地球屋 #地球屋 #ボス

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